しとりーの滅神魔導研究ノート

主にIT技術系のこと。

更新再開します

お久しぶりです。 見てる人いるのかしら。

いままで、Twitterでツイートしておけば満足できて、ブログに書くことなんてほぼ皆無だったわけですが。そろそろ、ブログにまとめて、検索しやすいようにしておいたほうがいいなーって思う内容が増えてきたので、更新再開します。

再開するにあたり、やること

ブログタイトルとかはそのままにします。 過去の記事もそのまま放置します。

カテゴリは直します。カテゴリを使っていた覚えがないので、カテゴリはおそらく使っていなかったのだと思います。この際なので、気の済むように整備します。

カテゴリの方針

このブログの記事のカテゴリは、日本十進分類法で分けようと思っています。記事を書くときに、できるだけ"目"までは分けたいと考えています。

国際十進分類法にしなかった理由は、日本の図書システムに慣れ親しんでいる自分にとって使い勝手が悪いからです。

今後書くと思われる記事の内容

IT系のこと。特に、オブジェクト指向とかシステム設計あたりが多くなるでしょう。

歌い手の柊南(ひいな)ちゃん関連のこと。Twitterで書いたことをまとめる程度の記事になるでしょうが、補足説明とかもいれたいかなって思うので。Togetterを使うことも考えましたが、分散してもつらいので、このブログに集約したいと思っています。

なにか勉強したときの自己解釈とその解説記事。私の思考はオブジェクト指向をベースにしているフシがあるので、一般的な捉え方とは違う理解の仕方をしてることも多いはずだと思っていて、そのあたりを明文化しつつ、表に出していきたいなぁと思っています。 技術系よりなら、Qiitaに転載するかもしれません。

以上。 とりま、週1以上で更新したいなぁとは思っています。

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wikipedia を使う上での心構え的なもの。

ふと思い立ったので、メモ程度に。

 

wikipedia とは、「劇薬」である。

その薬の使用方法をわかっており、ある程度の知識と技術と経験があり、一旦理解把握したものであり、しかし詳細を忘れてしまった・思い出すことのできない ものを検索・思い出すことに使用すべき。

また、基礎基本を理解把握して、その応用ができる程度の者が、補足事項を確認したり、知識の拡張をしたりするために、使用することもできる。

しかし、はじめに述べたように、wikipedia 自体は「強烈な薬」であるために、「(その分野の)初学者勉強用途」で使用すべきではないし、そのようなことをしようとすると、あまりにも高度な知識と技術と経験を要求されるせいで、ただの毒にしかならないと思う。

 

「真相」と「真実」と「証言」と「噂」の関係

前提

ベースは、「事実」な。起こった「事象」そのものが、「事実」な。

 

それぞれの定義

噂: 風評とか、評判とか、「いいね!」とか、「RT数」とか、「コメント」とか。

証言: 「事実」に直接関わってた人の、発言とか、報告とか。

事実: 実際に起こった事象とか、事柄とか。

真相: 事実の原因になった、事象とか、事柄とか。

 

相関

真相 → 事実 ←→ 証言 ←→ 噂 

ココで注意したいのは、真相から事実へは、実質不可逆ってこと。

 

思ったこととか

1: 事実→真相

あらゆる「事実」には「真相」があるわけで、まぁ、科学すれば「真相←事実」もできたりすること「も」あるけど、コストとかリスクに対して真相を解明するのはあまり現実的でないことが多いから、あまりしない。と思う。

2: 噂→証言

「噂→証言」は、目に見えるコスト(目に見える「手間暇」が主。)がかかり、しかも、「コスト」に対する「証言を得ること」が軽く見えるから、余りやりたがらないと思う。

SNSが猛威をふるってる現代だと、「証言」の数に対して「噂」の数が多すぎて、わりと大変だと思う。「噂」が拡散し過ぎる前の、「噂」の早期発見が重要だよね!

あと、ねらーとかは、興味本位でやるからコスト度外視だよね。しらんけど。)

3: 証言→事実 

「証言→事実」は、「だれでもはできない」こともあるのが難点の一つかなぁと。

「噂→証言」ほどコストがかからないように見えるけど、それは、見えるだけ。だと思う。挑戦している人は多そう。

4: その他、思ったこと

動機って、大体「噂」な事が多いと思うんだけど、

  • 噂をそのまま拡散するだけのマスゴミは、さっさと息絶えろ。
  • 証言を証言だと思い込んで拡散するだけのマスゴミは、さっさと息絶えろ。
  • 証言を聞いただけで事実を確認していないのに、事実を勝手に決めつけて拡散するマスゴミは、さっさと息絶えろ。

「どこまでが事実確認なのか」って、難しいと思う。指標とかないの?

 

なにごとも、「やり過ぎぐらいが、ちょうどいい」のかも?

ふと、最近10年ぐらいの自分の持った広義での「プロジェクト」の成功事例を見てて思ったのですが、どれも、なにかしら「やり過ぎた」ものばかりだったように思う。

いい意味・悪い意味のどちらでも良いので、なにかしらやり過ぎたなぁと、反省して思うものは、結果はだいたい成功しているように思う。

やり過ぎた内容としては、

  • プロジェクトの規模に対して、人材が少な過ぎる
  • プロジェクトの内容に対して、人材がオーバースペックすぎる
  • プロジェクトの内容に対して、資金が少なすぎる
  • プロジェクトの内容に対して、集まった人員の方向性というか、趣味というか、得意分野というか、そういうものが、ばらばら過ぎる
  • プロジェクトのゴールに対して、プロジェクトの期間が短過ぎる。(人材が足りないとか、資金が足りないとか、そういう問題ではなくて、時間でしか対処できないモノに関して。)

などである。

ガントチャートとかパートチャートには書き表せられないような、しかし、他のUMLのどこかに暗黙的に潜んでいるような、「ナニか」(関係性・リレーションシップとか、そういう粒度以上の「ナニか」。)が影響しているのかなぁと思う。

図面上というか、紙上では、明らかに平常・通常な進行・進捗。しかし、現実では、明らかに異常な進行・進捗。そんな状態だと、成功するのかな?って思う。

「現実では、明らかに異常な進捗」とは、うち自信の感覚でしかないから、共通化できるようなものかどうかは知らないし判らないけど、とりあえず、個人的には、そのように理解したので、メモ書き程度に記事にした。

このブログについて

Twitterよりも、ブログの記事にしておいたほうがいいと思ったものがあったら、とりあえず記事にしよう、という感じで、使っていく。

 

例えば、「考え方」とか「思ったこと」とか「(他のSNSなどのサービス比べて、)過去のものを漁りやすい、読みやすい」形とした方がいいのかなって思ったこととか。